金儲け

2003年2月26日
 たった数行の記事だった。だが、見逃すわけにはいかなかった。それはメジャーリーグに1ページを割いた「USA TODAY」の片隅に載っていた。

『彼が死ぬ前、彼のサインカードは平均3ドル程度だった。しかし、現在e-bay(米最大のインターネットオークション)は彼の商品であふれ、サインカードは平均20ドル、中には38ドルをつける売り手もいる』

 彼とは2月17日にエフェドリンが含まれたダイエット薬の影響で死亡した、ボルティモア・オリオールズのスティーブ・ベクラーのこと。客観的に考えれば、彼が死んでしまった以上、もう永久にサインを手に入れることは不可能なのだから、値段がつり上がるのはわかる。だが、彼は昨年終盤にようやくメジャー初昇格を果たした無名の存在。不幸さえなければ、熱心なオリオールズファン以外は彼のことを知らない人がほとんどだったはずだ。僕自身、多少なりともメジャーリーグに詳しいつもりでいるが、彼のことは知らなかった。その彼のサインを高額で売ろうとする輩が大勢いる。

 早速e-bayにアクセスしてみると、彼に関する商品は127点。幸いサインカードはパックから出るもの(最近のベースボールカードの流行として、低確率で直筆サインカードが挿入されている。出品者が本人から直接サインをもらったわけではない)ばかりだったので少しホッとしたが、やはり何点かは『今年のオリオールズファンフェスタで直接サインしてもらいました』というサイン入りポストカードなど、本人から直接もらったサインが売りに出されていた。

 一人の若い有望な人間の死が持つ意味は大きい。彼の死をきっかけに、米国マスコミは連日薬物特集を組み、今まで薬物関係には腰が重かったMLBも選手会と話し合いの準備を進めている。エフェドリンはすでにNBAやNCAAで禁止されている。もちろんオリンピックで使用が発覚すれば失格だ。にもかかわらず黙認してきたメジャーリーグの制度が改革されるのなら、彼の死は決して無駄にはならない。

 その一方で、彼の死が金儲けに利用されている。サインとはもともと選手が好意で書いてくれるもの。ファンにとっては、好きな選手がたとえ数秒でも自分のために時間を割いてくれることがうれしいのだ。後に残るサインはもちろん、共有したそのわずかな時間こそが大切な思い出になる。その思い出を売るなど、本当のファンではない。

 彼のサインを「引き当てた」人たちも同じだ。宝くじなみの低確率であるサインカード(サインカードは1袋10枚前後入ったベースボールカード72袋、あるいは124袋買ってようやく1枚当たる程度)を手に入れたとはいえ、それが無名のベクラーのものでは、「何だ、こんなやつ知らねーよ」と喜びは半減したはず(恥ずかしながら、似たような経験があります)。それが、彼の死によって突然お宝に変わり、「ベクラーって誰だ」が一転、出品した今は「これで儲かる。ベクラー様ありがとう」という気持ちなのだろう。

 e-bayには2月1日に墜落したスペースシャトル、コロンビア号の破片も出品されていた(しかも2225ドル、約27万円!!)。このオークションは現時点で入札者16人。出品するほうもするほうなら買おうとするほうもするほうだが、僕にはその気持ちが全く理解できないし、許せない。彼らにとって、人の死は何を意味するのだろうか。

 時を同じくして、ヒューストン・アストロズがコロンビア号をデザインしたパッチを今季1年間、ユニホームにつけることを発表した。亡くなった宇宙飛行士たちを称え、冥福を祈ろうという気持ちからだ。これでアストロズの試合を観るときは、誰もがコロンビア号のことを思い出さずにはいられないだろう。

 人の死には必ず意味があるはずだ。ベクラーやコロンビア号の飛行士たちだけでなく、一般の人たちにも。金儲けに利用するためでは、決してない。

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